2008年7月28日月曜日

初砂漠に感動

アラシャンに来てから10日あまり。 生活を整える以外にすることもなく、仕事も友達もなく、 町から出ることもできない私は心が日々やつれ、死人同然でした。





しかーし!ついにこの日が訪れた





OISCA INTERNATIONAL というNGOの、アラシャンセンターにつとめている富樫さんという方が、前任者からここに干物がいるという連絡を受け、遊びにおいでと誘ってくれたのだ





もう一も二もなくぜひ行きたいと返答。


そこは植林活動などを中心に行っている組織なのだが、少ない資金をたよりに様々な工夫を行い、砂漠化をなんとか食い止めようと努力しているのです。また、少しでも活動資金を集めようと収入源になりそうな活動もいろいろと試みています。(写真はエミューという鳥で、ダチョウの次に大きな飛べない鳥)。これを飼育して、(過放牧が砂漠化の原因になっているため)羊を飼えなくなったアラシャンの代替産業にしていきたいと考えているそうです。すごいです。



詳しくはOISCAのHPをごらんあれ。





センターについてからそこの活動や施設などを説明してもらい、午後には砂漠を見に連れて行ってもらうことに。





人生で初めてみる砂漠は本当に雄大で、地平線のずっと彼方まで砂砂砂・・・ 


だいたい砂漠を抜けるまで300キロぐらいだそうで、面積は2万平方キロとか。九州より少し小さいくらいかな? 今年は干ばつがひどいらしく、植物もあまり育たないばかりか、砂漠の昆虫(フンコロガシくん)もいたるところでご臨終。


ウサギの骨とかも落ちてました。 また、乾燥地帯なので、腐りにくく、大昔の植物の茎や根が化石化して、そこらに散乱している。記念にたくさん持って帰ってきた。





砂漠の名前は腾格里沙漠(トングリ砂漠)。モンゴル語で 天空を意味するらしい。 天という言葉は ここからきているとのこと。すごい。








夜8時頃、センターからアラシャンの夕日をみた。雲が多かったため、あまりよくないが、それでも結構きれいな夕日が見られた。





その夜は、スタッフのモンゴル族の方に馬頭琴や笛などを演奏してもらい、やっぱり自分も習おうと決意。 そして、夜中に屋上に上がり、ハンモックに揺られながら夜空を見上げ、そうとうたくさんの星をみることができました。





翌日 朝からモンゴル族の酪農家?の家を訪問、馬とラクダの乳とヨーグルトを試食。乳のほうはなかなかおいしく、牛乳と一緒な感じ。





でも、酸奶(ヨーグルト)はというと、もうこれが酸っぱいのなんの。 頭までしびれた。


とくに馬のほうは発酵が進みすぎているのだろう、ワインみたいな味だった。もう飲みたくない・・・


アルコール化してるのかも

街の様子

前任の方にお寺がいいよ と勧められ、家にいるのももったいないのでお出かけしてきました。


まず行ったのはお寺。お寺は念仏宗っぽい感じのところでつくりはなかなかりっぱでした。


歌うようにお経を唱えてたから、やっぱりそうかな。






その後、アラシャン唯一?の池(枯渇してきてる)を迂回してスタジアム(通称:体育館)をみた。


結構立派だけど、いったい何でこんなに立派なものをつくったのか不明だったが、


のちに、政府の役人が予算が下りたのでなんとなく立派なものをつくったようだということが判明。


でも、陸上もサッカーも野球もやっている人など一人もいないため、試合などが行われることは年に1度くらいしかないらしい。まったく現場や住民のことを考えていないところがすごい。(なのに中国北西部で最大のスタジアム)






そして、なぜか一階には家具屋がたくさん。また、ネットカフェや学習塾、リサイクルショップまで。


お昼御飯に涼麺を食べ(ジャガイモが入っていてかなりウマイ) ビールを一本ぐびっと。





食後にお店を出ると、ぽつぽつと雨が!
ここはほぼ砂漠地帯な上に今年は干ばつで特に雨が少ない。






アスファルトの濡れたにおいが懐かしく、近くにいた子供も大喜びでした。
っていうか遊んであげてるおっちゃんが子供の顔見て大喜びでした。

どっちも可愛かった。

散歩

学校が始まらず、きょうも暇です。 
仕方ないので街へ出る。
ある小さな家具屋で何気なく話したら自分が中国人ではないとようやくわかったようで驚かれた。
よくあることだけど。 話しかけてもあまり反応がないので、この人は無口な人だと思っていたらしい。その後かなり話し込んで、日本語と中国語の違いなどについて話をした(これもありがち)。

でも、やっぱ中国人はひとなつこい。気に入ってくれたようでまた遊びにおいでと言ってくれた。 やっぱ外に出ないとね、何も始まらない。

校長は責任があるから何かとうるさいこと言うけど、家にいても話せるようにはならないから、打って出るべし!別に彼らに雇われているわけじゃないから、できるだけ外に出ようと思います!!
注意は必要だけどね。

あと、 ジャッキーチェン全集っぽいDVD5枚組(もちろん海賊版)を買ってきた。 映画が40本入っていて30元(450円くらい) かなり圧縮してるから映りはあまりよくない

中国にはお買得という意識はあるが、高品質という感覚はないようです。商品はとりあえず限界まで薄く、限界まで軽量化して原価を安く仕上げているため、すぐに壊れます。
買えるならなるべく高いものを買った方が結果的にお得ということになりがち。

安物買いの銭失い  ってとこです。

2008年7月20日日曜日

あいのり



今天我给大家介绍一下阿拉善的出租车!



阿拉善的汽车里百分之三十是出租车。 阿拉善的出租车和日本不一样。 第一个,什么地方都有很多出租车。那台车的颜色是差不多都绿色。 第二个,师傅都不系上安全带。 警察有是有,但他们都不取缔。没有意义。 第三个,运费白天的话,要1块5毛。 晚上的话,2块。半夜的话,3块。 用日元,1快5毛是 大约23日元左右。距离没关系。很便宜。 第四个,同乘。叫住出租车的时候,如果已经坐了别的客人的话, 一开始对师傅告诉想去的地方。 比如去的方向一样的话,可能坐。不一样的话,不能做。 师傅说只一句话:“到不了”就完了。 第五个,儿童也叫住出租车。很有意思。 第六个,公交车很小。


分からない人は日本語でどうぞ。


今日はみなさんにアラシャンのタクシーについて紹介しちゃいます!

アラシャンにはタクシーが、めちゃくちゃたくさん走っています (中国全体に多いと思うけど)。
東京なんかよりもずっと多いです。

だいたい、道路を見回すと車の3割はタクシー。

ドライバーはシートベルトを締めません。(この間学校の先生の車に乗ってシートベルトを締めようとしたら「締めなくていい。」と止められた。先生なのに・・・)

警官はいるにはいる。が、取締りを全くしない。意味なし。 (ドライバーも白バイが信号で隣に来てもお構いなし。ていうか、みんな普通に原付でノーヘル、二人乗り)。


運賃は、昼間は一律1元5角(日本円でおよそ23円ぐらい)、夜(何時からか不明)は2元(32円)、深夜(何時からか不明)は3元のようです。とっても安い。



そして、ここアラシャンでは、普通にあいのり。


タクシーに乗っている人たちのほとんどは他人で、途中から乗ってきている。 乗りたいときは運転手に行き先を告げ、先に乗っている人の行き先と方向が同じならOK。違うときは一言だけ「行かないよ。」と言われる。

運賃が安い分、ドライバーはたくさんの人を乗せてちょこちょこかせいでるってわけだね。  利用率もかなり高い。 また、小学校低学年の子供たちでも普通にタクシーをとめて、乗車しています。 バスはとても少ない。 すごいね、中国。同じ国でも北京と全然文化がちがう。


近くに行くときはすぐに捕まえられるのでとても便利です。でも、遠くに行くときはどうするんだろう。

アラシャン(阿拉善左旗)

14日  ついに任地へ向け出発。


まずは銀川(ぎんせん)へ。空港には赴任先の学校の先生とその家族などがきてくれていて、9歳になる娘さんの雯雯(ウェンウェン)もいて、積極的に自分に話しかけてきたり、上着を持ってくれたりといろいろ世話を焼いてくれてうれしかった。
2時間ほどの道のりの途中、ロバや馬、ヒツジ、牛、などを目撃。やっぱいるんだなあと実感。
万里の長城の間をとおってついに内モンゴルに!!
広い。とにかく広い。なにせ日本の面積の2倍くらいだから、当たり前だけど。


でも、おそらくなぞなぞを一つ出していたのだと思うが、さっぱり分からず(言葉が)、まさに謎だった。そして最後まで謎。。。


早くそういうやりとりも出来るようになりたいもんです。 その日はとりあえず学校のすぐそばの宿に泊まり、休息。   しかーし、水が ・・・出ない。


どうやら水圧が低いらしく、使いたいときはフロントに電話してシャワーを浴びたいから水を出してくれと伝えないといけない。

なんだそりゃと思ったけど、まあ仕方ないよね。



翌日は身の回りのものを買いに行ったり、携帯を買ってもらったり、電話回線を開いたりと、かなり忙しかった。その後学校に行って校長先生 から注意事項などを言い渡された。

夕食は、近くのモンゴル族の先生の家に招待され、歓迎会を開いていただきました。



家には羊が3頭いて驚きました。 みんないい人で、温かく接してくれるのが嬉しかったけど、一つ恐ろしかったのが、白酒(ばいちゅう)と呼ばれるお酒。ものすごくアルコール度数の高い酒で、ガンガン飲まされるという噂だったので、相当びくびくしてたけど、無理に飲まされることはほとんどなく干杯(全部飲みきる)させられたのは数回だけ。ホッ

あとは歌を歌ったり(幼稚園の先生をしているという人の歌がすごーく上手だった)、じゃんけんのようなものをして負けたら飲むみたいなのを真剣にやっていた。


食事もかなり豪華だったようで相当歓迎してくれていたようです。 羊肉の煮込みや内臓、血の腸詰、チーズなどたくさんの羊料理が出ましたがどれもかなりおいしく、日本人の口に合う食事でした。



でも、実は自分が来る数時間前までは、あの家にヒツジは4頭いたらしいです。 
命をごちそうさま。

2008年7月17日木曜日

北京生活



 6月23日に日本をたち、つたない中国語を頼りに北京にきました。
 実は10年ほど前にも北京に来たことがあるのですが、その時とは比べ物にならないくらい車が増えていました。自分の中にあった中国の街のイメージは「建物が古い、自転車が多い」というのが主だったのですが、今や自転車の数は激減していて、車ばかりです。
 しかも、車の数が多いうえに近くに山があって空気の流れが悪く、排気ガスなどがたまってしまっています。だから、朝からどんよりとした感じの空になって、2~300M先はかすんでよく見えないこともよくあります。
雨がたくさん降った翌日や風向きが変わった日などは青空が見えることもありますが、週に1回あるかないかくらいです。それでも、工場を郊外に移したおかげで、まだマシになったそうです。
















また、今はオリンピックの準備真っ盛りで、どこもかしこも工事ばかりです。
おまけに検査も厳しくなって、郵便局の小包検査や駅などでの荷物検査もかなりうるさくなっています。

一番心配なのは本当に準備が間に合うのかってことです。
中国の人は親切で話し好きな人が多いです。そこがとても好きなのですが、とてもマナーが悪いので、
今、中国では「ゴミをポイすてしない」「笑顔で接客」とか環境維持やサービス精神というものを
学んでいるようです。が、まだまだかな。



市場では、いろいろなものが売っています。果物、野菜、肉、魚、雑貨、米、などなど
それぞれたくさんの商品があり、魚屋さんではナマズやらウナギやコイ、アメリカザリガニ(もちろん食用)スッポンなどが売られています。
市場の価格はもともとが安いのであまり心配いりませんが、他の店(値段表示のないところ)、特に観光客が多く来るところではかなりのぼったくり価格で売りつけられます。言い値で買ったら大損です。
だいたい通常の3倍から10倍くらいの値段だと思っていいと思います。値段はあってないようなもの。
なるべく自分からは値段をつけないようにして、帰るそぶりをするとむこうから勝手に限界まで徐々に下げていきます。一体最初の値段は何だったのかと思うほどに。
くれぐれもだまされないようにしてくださいね。